女子大の友達
女子大の友達
本当は、この人と私を結婚させたがっている。
それが娘の一番の幸せになると信じているのだ。
だとしたら、父に黙って二人でこのひなびた温泉宿に泊まったとしても、不都合なことにはなるまい。
侑香は、結婚について比較的冷めた見方をしていた。
理想的な恋愛の末の結婚もいいけれど、まずは今と変わらない生活基盤が続くことが最重要なことだ。
恵介は父の研究室の有能な助手であるし、将来も約束されていると思われた。
その点について侑香が母の意見を求めると、
「うちのパパみたいに、金儲けの才能があればいいわね」
と言って豪快に笑い飛ばした後、
「大学の先生も、この少子化の中で学生だけを相手にしているとダメになるわ。
でも、うちのパパは企業や役所をうまく使うし、そういうノウハウを知っている畑田君も大丈夫よ」
と太鼓判を押した。
(ママの予言は、ひょっとしたら大外れかも)
テーブルの向かい側に座った恵介に茶の入った湯呑みを差し出しながら、侑香は思った。
(二人きりなのに、なぜもっと近くに座らないのかしら)
飢えた狼のように肉体関係を求めてくる男も困るけれど、女に全く興味のないのも困る。
そういう極端な例に恵介が当たるとは思わないが、こんなに、借りてきた猫のようにおとなしいばかりでは、学者として将来やっていけるのだろうか。
「あ、あの……そ、卒論は、進んでいますか?」
湯呑みに口を付けた後、恵介は、絞り出すように声を出した。
場違いな話題だが、侑香は、さりげなく、その話題を受け止めることにする。
「ええ、アウトラインはだいたい決めて、文献を読んでいるところ、ですね。」
「テーマは……?」
「マッカーシズム期のアメリカにおける図書館の自由について、ということなんだけど、どうせ学部生が書くものだから、レポートに毛が生えたようなものなんで」
「専攻は、英米文学でしたよね?」
「一応所属はそうなんですけど……K大の川崎先生って知ってます?」
軽い気持ちでボールを返した侑香だが、恵介が額に手を当てて真剣に考え始めたのを見て、心中慌ててしまった。
せっかくの会話が途切れてしまう。
女子大の友達が相手なら、知らないなら知らないと、そう言ってくれる。
「ちょ、ちょっと、聞いてみます」
小声でそう言うと恵介はザックのポケットにある電話に手を伸ばし、メールを打ち始める。
「あ、いいの……」