享楽への願望
享楽への願望
「パパのことで、クミコさんにちょっとお願いしたこともあるのよ。
ほら、うちのパパって、まるで出世に興味がないじゃない……」
そう声を潜めて言ったのを聞いたこともある。
その頃の侑香は、母の言うことをいちいち気に留める方ではなかった。
社交的な母は、知己が大勢いたし、そういう人々のエピソードについて話をするのが好きだったから、侑香の方も、いつも聞き流すようにしていた。
それでも「クミコさん」の名は記憶に残っているし、ここ最近、その名前が話題に上る回数が増えていたのかも知れない。
(これは、いったいどういうことだろう……)
侑香は膝に肘をつき、顎を手に乗せて考えた。
このビデオを撮影しているのが、母。
ビデオの中で営みをしているのが、寛と今日子。
今日子は母の知人で、寛は父の弟子……では、寛と今日子を結びつけたのは、父なのか、それとも母なのか。
(父では、あり得ない)
侑香は、直感的にそう感じた。
だとしたら、残るは……。
そのとき、ゴトゴトッという音がビデオから聞こえた。
まもなく
「ねーえ、カンちゃん……」
という母の声が聞こえてくる。
侑香がディスプレイに目をやると、四角い画面の下方にテーブルの端が映っている。
細かなブレもなくなっている。
母がビデオカメラをそこに置いたに違いない。
「今日子さんが終わったら、私もお願い。
もう、濡れちゃって濡れちゃって、たまらないの」
あられもない母の声。
しかし、侑香には母を嫌悪する気持ちはさらさら起きなかった。
女と生まれて、五十を過ぎて、なおも性の享楽への願望を率直に表せるなんて、すばらしい。
最期まで、幸せな人生だったのだ。
素直にそう思えた。
ほどなく、今日子の躯は絶頂に揺すぶられ、宙の彼方に果てた。
寛はその様子を余すところなく見守り、ややあってから体を離す。
「済んだのね?嬉しいわ。
さあ、来て。
もうガマンできない」